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ステファニーちゃんのお馬は眠らない
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さよなら マックイーン

競走馬は、私たちの記憶に残らなければならない

メジロマックイーン急逝


故人を偲ぶのに一番の供養は、故人の想い出を語ること。

誰もが認める超一流のステイヤーだったメジロマックイーンを偲びましょう。
マックイーンを偲ぶコメントをメールで頂きましたので
をここで紹介したいと思います。



■印象的なのは、道悪が得意で足に「水かき」がついてるって言われてたことかな
道悪でもスイスイ走っていたね。

■59kgっていう酷量を背負ってるのに、スポーツ新聞で「59kgなら裸同然」
って書かれてたのには、笑った。あとで見たら、59kgは全部勝ってる。しかも2回は
レコードで驚いた記憶がある。

■ステイヤーで、体重も500kg前後で、とにかく憎たらしいくらい強かったから「北の湖」を連想させたね。とにかく迫力ある強さだった。

■明け7歳で約11ヶ月ぶりに産経大阪杯に出た時に、自己最高体重だった思う。
ナイスネイチャ以下を、5馬身もちぎるレコードで圧勝したんでびっくりした。

■同期が、メジロライアン、トウカイテイオーメジロパーマー、ホワイトストーン
あの頃の古馬G1は本当に面白かった。強力なライバルがいたからこそ
個性が際立ったんだね


■白状すると、
私はマックイーンのライバルだったトウカイテイオーが
大好きでした。
平成4年。
天皇賞でのテイオーとの一騎打ち。
最強ステイヤーと無敗のダービー
勝ったのは、マックイーン。でも中距離だったら、
絶対にテイオーの方が強かったと思う。


最後のコメントは私からのものです。
ライバルのテイオーのファンでした。
こうやって競馬談義が出来るのは、ライバルがいてこそです。
マックイーンがとてつもなく強い・・と認めたうえのコメントです。

多くの競馬ファンの記憶に残るのは
ただ強いだけの馬ではなく、年季の入ったライバルがいたり
レースで降着などのチョンボがあったり
ファンの心情があったり、もちろん歴史に残る名勝負があったり
華やかな戦歴だけではない”何か”を持ち合わせた馬なのだと思います。

だから、なおさら寂しいですね。

JRA史上初の10億円ホースとなったマックイーン。
稀代の名ステイヤーの(19歳)で早すぎる死でした。




メジロマックイーン(享年19歳)

父メジロティターン、母メジロオーロラ、
兄に86年菊花賞、87年有馬記念(いずれもGI)を制した
メジロデュレン(牡22、父フィディオン)がいる。
現役時代は栗東・池江泰郎厩舎に所属。
90年菊花賞(GI)でGI初制覇を飾り、91年天皇賞・春を制して、
祖父メジロアサマ、父メジロティターンに続く天皇賞父仔3代制覇を達成し
翌年も同レースを制して史上初の同レース連覇を成し遂げた。

さらに93年宝塚記念(GI)で4年連続となるGI勝利を挙げるなど、一時代を築いた。
同年の京都大賞典(GII)で勝利を挙げ、獲得賞金10億円を突破して
現役を引退。

通算成績21戦12勝(重賞9勝)。

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