なにかれ貿易のトップページへ
スキーをはいたインコ! ぴなちゃん
なにかれ貿易のトップページへ

たった1日だけ幸せだったボク



ボクはもうこの世にはいません。
10月20日 一人で旅立ちました。

    


ボクは、毎日おなかがすいていた。

おなかがすいていたけど、
食べるものは何もなかったんだ。
水の他には 
人間の食べる お米が置いてあったけど

ボクはそんな物は食べられない。

ボクは ミカン箱に入れられていた。
ボクはまだ小さいので 本当に寒かった。

ボクは、誰にも必要とされていなかったけど
最後に、優しい人がボクを保護してくれたんだ。

美味しいゴハンも沢山くれたんだ。
あたたかい部屋で 気持がよかった。
ボクは本当に嬉しかった。

だけど、ボクはずっとゴハンも食べてなかったから
体力もなかったの。

ごめんなさい。 せっかくボクを連れて来てくれたのに・・
ごめんなさい。
ぼくは、もう この世にいません。

翌日 一人で旅立ちました。

だけど、1日だけでも本当に嬉しかった。

ありがとう。 たった2枚の写真  
・・・これがボクの生きてきた証です。






私が、この子を保護した方から
この子の事をメールで知らされたのが10月19日。

この子は、その翌日の朝に死んでしまいました。。


声をあげて泣きました。

その存在を知ったのは、数時間前。
ただの通りすがりの子かもしれません。

でも私が生きている限り
この子の事は一生忘れられません。


この子の事を書いて欲しいと言われ
・・・悲しくて どのように書いていいか・・筆が進みませんでしたが


この子がこの世に確かに生きていたという証を
私なりに残したいと思いました。


この子の名前は保護された方によって「きーちゃん」と
名付けられました。

    




きーちゃんを保護してくれた優しい方は、
10月のはじめに 大切な白いインコさんを
逃がしてしまい  心痛の日々を過ごされていました。



近所のお店、警察署にもポスターを貼って
行方を捜していたところ

かなり離れた場所のある家から、「逃げたインコでは?」との
電話をもらい
往復4時間かけて、行ったところ、

そこには、逃げてしまった子とは
似ても似つかない黄色のインコちゃんがいました。


しかも、子供さんが 景品 に貰ったらしいですが、
カゴもないのでミカン箱の中に入れられていたそうです。


そして、餌はお米・・
水は入れられていましたが、「食べないんです」と言われたそうです。

インコはお米など食べません。

それを責める事は出来ませんが、せめてスーパー売っている
小鳥の餌をあげていてくれたたら・・・・。


もしも、家の子なら・・と持参した粟穂をあげると
よほど、お腹がすいていたのでしょう。
飛びついて食べていたそうです。

・・・そして「これ貰ってくれません」 と冷たく言われたそうです。


「子供が景品で、インコを貰ってきた。
何を食べさせたらいいのかも分からないし、どうやって飼っていいかも
分からない。
そうしたら、とても良いタイミングで
「インコが逃げてしまいました。」というポスターを見つけた。

写真を見たら白いインコ。
でも、うちのは黄色。  

まぁ ええわそんなのは。 貰ってもらうわ。 電話したれ・・ 」

まぁ、そんなところでしょう。


でも、保護された方は
このままでは確実に死ぬだろう・・・と分かっている小さい子を
見捨てることなんて出来ませんでした。


まだ巣立ったばかりのようです。 男の子でしょうか。

こんな小さな可愛い子を景品に配っている所があるなんて
・・・ 信じられない。


こもまま帰ったら一生後悔する。
小鳥を飼う資格もない・・と考え
預かったからには逃げてしまった子の お導きと思い、
大事に育てようと  連れて帰りました。


体力も落ちているようなので、様子を見て明日にでも
病院に連れ行こうと思っていました。

ヒナらしい「ピヨッ」という鳴き声をしていた、かわいい子。



    



しかし、その願いも届かず 
翌朝 小さい子は 冷たくなっていました。


夜中、何度も気になってプラケースの中を覗きに行き、
その時は異常はなかったのに。

朝、6時頃見に行くと横向きになっていたそうです。

保温をしていたせいか、亡くなってすぐだったのか、
そっと触ると温かかったそうです。


まだこの世に生を受けて一ヶ月くらいでしょうか、

儚い・・そしてなんと短い一生だったのでしょう・・・


ミカン箱では寒かったのでしょう。
ご飯も満足にもらえなかったし、
まだ赤ちゃんインコなので体力もなかったのでしょうね・・


連れて来てからは「ピヨッ」と鳴いたりして餌もよく食べていたそうです。

この分なら今日病院に行けるだろうな、と思っていのに・・・
保護された方の無念の思いがメールの文章から
伝わってきて、私も号泣してしまいました。


可哀想です。
残念です。
やりきれない思いです。

もしも、あのままミカン箱の中で死んでしまったら
テイッシュにでもくるまれ ゴミ箱に捨てられていたかもしれません。


でも、最後に
偶然が重なり、優しい人に保護され

温かい場所で、ゴハンも沢山たべさせてもらった。
だけど、あまりにも はかない一生ではないか・・。


たった一日・・・たった一日だけの幸せ。


一晩でも、わが子として迎えてもらい
「きーちゃん」 という名前をつけてもらって

あなたは、ミ カン箱の 名もないインコではなく
最後は きーちゃんとして おうちも子として 死んでいった。


最後に撮ってもらった2枚の写真。

生きていた。  確かに貴方は生きていたんだよ。



    
          ボクが生きていた事を どうか忘れないで




今、きーちゃんは保護された家で
家の先代とインコさん達と一緒に手厚く葬られています。


本当に、つらい思いをしていただろう。
でも最後に、かすかでも「ささやかな幸せ」を感じてくれたのだろうか。

私に出来る事は何なのだろう。
命の大切さを訴えても、心に響かなければ何も変わらない。

でも、ひとつの命を・・・ 
とてもはかなかった命の事を忘れないでいてあげる事


せめて、それが供養の一つなのかもしれない。






    

この記事のトラックバックURL:
http://www.nanikare.net/trackback/trackback.php?tb_n=pina_chan&tb_d=061023

まだトラックバックはありません

トップへ

Copyright (C) 2005 なにかれ貿易. All Rights Reserves.